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ちいさなお客さま

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夏と秋が入り混じっているこのごろ、真夏が戻ったような日、ふと裏の畑に目をやると、畑の奥の方に麦わら帽子が動いている。クボタさんが野菜の世話をしているのだ。去年米寿を迎えたクボタさんは自転車で、借りている畑に通ってくる。時に、畑の真ん中に座って、絵を描いていることもある。

ナス、トマト、ピーマン、じゃがいも、大根、しし唐、しそ、キャベツ、白菜、水菜、青梗菜、ブロッコリー…たくさんの種類の旬の野菜をおすそ分けしていただいている。そのおかげもあって、息子は野菜好きに育った。

ちょうどコンビニで買ってきたアイスを手に「クボタさ~ん!」と、声をかけた。彫りが深く、どことなく指揮者のカラヤンに似た風貌のクボタさんは、いつも通りの優しい笑顔で迎えてくれた。「あ~あ、すみませんねぇ」とアイスを受け取りながら、「この花、ぜんぶ切って持ってって!」と、色とりどりの鮮やかな花をつけた百日草の背の高いひと群れを指さした。大喜びでいただいた花は、立派な花束になった。

ちいさなお客さま_a0276895_21344829.jpg百日草とひと言で言っても、花の形や色はさまざまだ。花瓶に入れてテーブルに置くと、おや?花の中心にあおむしが寝そべっている。花の色がわかっていてコントラストを楽しんでいるかのように、つやつやと鮮やかな緑色。でも、このままだと花びらが穴ぽこだらけになってしまうから、虫食いのまま放置されている外の小松菜のプランターに引越してもらった。

過酷なほどの暑さの盛りには、虫も植物もしばらくお休みしていたようだ。時折秋の風が吹き込む今になって、百日草もあおむしも、ほっとひと息ついていたのかもしれない。

ついこの間、クボタさんから栗をいただいた。花や野菜と一緒に、季節も届けていただいている。あのあおむしは、無事にチョウになっただろうか。

# by kayangarden | 2021-10-03 23:33

シンプルに自然に

シンプルに、シンプルに、とにかくシンプルに!用事は100も1000も作らずに、2つか3つにとどめていただきたい。数えるなら100万ではなく半ダースだけにして、勘定は親指の爪に書いておけば良い。     ―ソロー『ウォールデン』
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Simplicity, simplicity, simplicity! I say, let your affairs be as two or three, and not a hundred or a thousand; instead of a million count half a dozen, and keep your accounts on your thumb-nail.        
-- Thoreau, Walden

ソローは小気味良いほど潔い。たくさん持つことによってではなく、自分が必要とするものを減らすことによって得られる豊かさを大切にした。そうすることで、本当に大切な目の前のことに自然体で心を尽くすことができるという。きれいだと見とれている存在など我関せずで、やわらかなブドウの花を一心に食む小さな虫のように、シンプルに自然体で過ごしたい。



# by kayangarden | 2021-06-03 23:58

静かに流れる雲の下で

静かな風景の中、特に遠く地平線のかなたに、人は自分の本性と同じように美しい何かを見る。                      ―エマソン
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In the tranquil landscape, and especially in the distant line of the horizon, man beholds somewhat as beautiful as his own nature.
--Emerson

見晴らしの良い丘に登り、空を見上げる。巨大な雲がデーンと浮かんでいる。遠く地平線のあたりでは雨を降らせているのだろうか。その下にミニチュアのように広がる家並みに陰映をつけながら、ゆっくりゆっくり流れていく。

美しい風景に、日常の中で思いがけなく出会うことがある。エマソンの言葉が嬉しいのは、その美しさを人間の本性と同じくらいに、と言ってくれていること。そんな美しさが自分の中にあると思うのは何ともおこがましい気もするが、もしかしたらどこかにあるのかもしれないと、その言葉にかけてみたくなる自分がいる。



# by kayangarden | 2021-05-24 17:43

れんげ畑で

手つかずの自然の中の方が、街や村にいる時よりも、愛おしく、自分にしっくりくる何かを見出す。                  ―エマソン
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In the wilderness, I find something more dear and connate than in streets or villages.                   --Emerson

田植え前の田んぼ一面にれんげが咲いていた。降りていくと、みつばちがぶんぶん羽音を立てている。そっと花びらをつまんで、つけ根を口に含んでみた。ほとんどわからないくらいだが、ほんのかすかに甘みを感じる。一匹のみつばちが一生の内に運ぶ蜜は小さじ一杯分ほどだと、先日テレビで知った。その小さじ一杯分を運ぶのに、どれほどの回数を飛ぶのだろう。運ぶのが上手なみつばちと下手なみつばちがいるのだろうか・・・自分がみつばちだったら、ちゃんと働けるだろうか・・・そんなことをぼんやり考えている内に、だんだんみつばちの気持ちになってきた・・・さ、今日はどの辺の蜜を集めようかな・・・あ、みつばちはマスクしなくて良いんだった。



# by kayangarden | 2021-05-14 18:24

絶え間ない幸運

わたしは鳥のように歌うかわりに、この身の絶え間ない幸運に静かにほほ笑んだ。                    ―ソロー『ウォールデン』
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Instead of singing like the birds, I silently smiled at my incessant good fortune.                     --Thoreau, Walden


ウォールデンの湖のほとりに小屋を建てて住んでいた頃、ソローは夏になると時折、湖で沐浴をした後に、日当たりの良い戸口に座って、日がな一日、時が経つのも忘れてうっとり空想をして過ごしていたと書いている。とても行動的なソローが、畑仕事も読書も散歩もしないで、一日中ただ座っていたと読めば、その後、どんな言葉を予想するだろうか。
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「私は夜のトウモロコシのように大きく成長した」

その瞑想のような時間はソローにとって、体を使って何かを成し遂げるよりもずっと有意義で、ムダどころか、かえって実り豊かな時間だったという。そして、上に引いた言葉が続く。深く穏やかな幸福感がソローを満たしていた。あふれそうなくらいなみなみと。

時を超えた絶え間ない幸運とは、何か問題が解決したからとか、特別なできごとがあったからとか、そんな条件とは一切関係のない、自分の存在そのものに湧き上がる歓びのようなものなのだろう。「戸口の前のヒッコリーの枝でさえずっていたスズメは、私の巣から聞こえてくる抑えきれない歓びのクスクス笑いを聴いていたかもしれない」

絶え間ない幸運_a0276895_17383635.jpgソローを読んでいると、ときどき足元をすくわれることがある。文章のあちらこちらに金言のようなものが散らばっているから、つい何かを得ようと前のめりになりがちになる。ところが、こちらががっぷり四つに組んで、「あー、そういうことか」「私もそのように生きてみよう」などと、わかったような気になった途端、ソローはいたずらっぽく舌を出して、さっさと別のところへ行ってしまう。

「大切なのは、そこじゃないよ」と、言い残して。



# by kayangarden | 2021-05-09 22:06